質問13
法定健康診断において、従業員の個人情報については、どのような配慮をすべきでしょうか。
岡村弁護士のアドバイス
ポイント
健康診断結果には機微な情報が含まれるため、使用者が健康情報を取り扱うにあたっては、様々な点において配慮する必要があります。具体的には、厚生労働省の通達や指針を参考に、健康診断結果の診断名や検査値等のデータについては、原則として産業医や保健師等に取り扱わせるなどの配慮が必要です。
解説
法定健康診断とは
まず、前提として、「法定健康診断」とは何か、その概要から簡単にご説明します。
「法定健康診断」とは、その名のとおり、法律において実施することが定められている健康診断のことであり、大きくわけて「一般健康診断」と「特殊健康診断」があります。
(1)一般健康診断
労働安全衛生法(以下「安衛法」といいます)では、事業者に対し、労働者の健康診断を実施する義務を課しています(安衛法66条1項)。
具体的には、労働安全衛生規則(以下「安衛則」といいます)において、雇入れ時の健康診断、定期健康診断、特定業務従事者の健康診断、海外派遣労働者の健康診断、給食従業員の検便の実施が義務付けられています(安衛則43~47条)。これらは、労働者一般に対して行われるものであることから、「一般健康診断」と総称されています。
(2)特殊健康診断
安衛法は、事業者に対し、政令で定める有害な業務に従事する労働者及び政令で定める有害な業務に従事させたことのある労働者で現に使用している者につき、特別の項目について健康診断を実施する義務を課しています(同法66条2項)。このほか、じん肺法でも粉じん作業従事者等につき、じん肺健康診断を実施する義務を課しています。
これらは、特定の有害な業務について行われる特殊な健康診断であることから、「特殊健康診断」と呼ばれています。
健康診断の実施義務
安衛法では、上記のとおり、事業者に対し、一定の健康診断についての実施義務を課しており、これを怠れば、50万円以下の罰金という刑罰が科せられます(同法120条1号)。
また、事業者は、一定の健康診断については、その結果を記録しておかなければならず(同法66条の3)、具体的には、健康診断個人票を作成して5年間保存しなければなりません(安衛則51条)。さらに、事業者は、一定の健康診断については、労働者に対し、その結果を遅滞なく通知しなければなりません(同法66条の6、安衛則51条の4)。これらの健康診断個人票の作成・保存義務や労働者への通知義務を怠った場合も処罰の対象となります(同法120条1号)。
なお、安衛法では、上記のように事業者に対して健康診断の実施義務を課すだけでなく、労働者に対しても、これらの健康診断を受診する義務を課しています(同法66条5項)。
個人情報に対する配慮
さて、上記のとおり、事業者には、法定健康診断を実施する義務や、その後の通知義務などの様々な義務が課せられていますが、これらの措置を講ずるにあたっては、労働者の様々な健康情報に触れることになるので充分な注意が必要です。
どのような点に配慮すべきかについては、厚生労働省が出している「雇用管理に関する個人情報のうち健康情報を取り扱うに当たっての留意事項」(平成24年6月11日基発0611第1号)という通達(以下「留意事項通達」といいます)や、「健康診断結果に基づき事業者が講ずべき措置に関する指針」(以下「健康診断指針」といいます)の内容が参考になります。
たとえば、留意事項通達では、「事業者は、健康診断の結果のうち診断名、検査値等のいわゆる生データの取扱いについては、その利用に当たって医学的知識に基づく加工・判断等を要することがあることから、産業医や保健師等の産業保健業務従事者に行わせることが望ましい」、「産業保健業務従事者以外の者に健康情報を取り扱わせる時は、これらの者が取り扱う健康情報が利用目的の達成に必要な範囲に限定されるよう、必要に応じて産業保健業務従事者に健康情報を適切に加工させた上で提供する等の措置を講ずること」とされています。
また、健康診断指針においても、「就業上の措置の実施に当たって、関係者に健康情報を提供する必要がある場合には、その健康情報の範囲は、就業上の措置を実施する上で必要最小限とし、特に産業保健業務従事者(産業医、保健師等、衛生管理者その他の労働者の健康管理に関する業務に従事する者をいう。)以外の者に健康情報を取り扱わせる時は、これらの者が取り扱う健康情報が利用目的の達成に必要な範囲に限定されるよう、必要に応じて健康情報の内容を適切に加工した上で提供する等の措置を講ずる必要がある」とされています。
すなわち、診断名や検査値などの生データについては、原則として産業医や保健師等に取り扱わせることとし、仮に、産業医や保健師等の産業保健業務従事者以外の者に健康情報を取り扱わせる場合には、健康情報の範囲は必要最小限にして、産業保健業務従事者に健康情報を加工させた上で取り扱わせるべきであるとされているのです。
たとえば、健康診断結果を踏まえて、当該労働者の業務量を調整するなどの対応を行うとしても、当該労働者の直属の上司に対して健康診断結果の生データをそのまま伝えるのではなく、情報を適宜加工するなどした上で、必要最小限の範囲内の情報に限定して伝えるべきです。
留意事項通達では、上記の他にも、配慮すべき事項として、①健康情報につき、利用目的、安全管理体制、情報取り扱い者・権限・取り扱う範囲、開示・訂正・追加・削除の方法、苦情処理に関する事項を規程等として定め、労働者に周知すること、②HIV感染症やB型肝炎等の職場における感染・蔓延の可能性が低い感染症に関する情報や色覚検査等の遺伝情報については、職業上の特別な必要性がある場合を除き、取得するべきではないこと、などを定めています。
なお、留意事項通達や健康診断指針は、法律そのものではなく、違反したとしても罰則等があるわけではありません。しかしながら、厚生労働省がこのような明確な通達や指針を出しているにもかかわらず、使用者においてそれに反する不適切な取扱いを行い、それが原因で労働者の健康情報が流出するような事態に至ってしまった場合には、当然のことながら行政指導の対象となるほか、当該労働者との関係においても、使用者としての責任が厳しく問われることになることは容易に想像できるところです。
家族への連絡
個人情報保護法では、個人情報取扱事業者は、原則として、あらかじめ本人の同意を得ないで個人データを第三者に提供してはならないとされています(同法23条1項)。 家族は、会社からすれば「第三者」にあたる以上、本人に無断で家族に健康情報を伝えることは、たとえ家族であろうとも、理論的には個人情報保護法23条の第三者提供との関係が問題になります。したがって、健康診断結果について、特段の緊急性もないにもかかわらず、本人に無断で家族に通知するような対応は避けるべきです。
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